ファシリテーターは「答えを出す人」ではない
ファシリテーターの役割を「促す人」として説明でき、「答えを言いたくなった瞬間」に問いへ変換できる
このコースへようこそ。ここから12週間、チームのふりかえりを進行する「あなた」の技術と心構えを、週に1つずつ扱っていきます。
最初にお伝えしておくと、このコースに手法の知識はほとんど出てきません。手法の進め方はカタログにすべて載っていますし、組み合わせはアジェンダ作成ツール「ふりかえりを作る」が組んでくれます。このコースで扱うのは、そのどちらにも載っていないこと。つまり、場に立つ人の中で起こることです。何を見て、何を我慢して、何を口に出すのか。12週間かけて、ひとつずつ手渡していきます。
第1週のテーマは、すべての土台になる役割の定義です。結論から言います。ファシリテーターは、答えを出す人ではありません。促す人です。
「進行役」と聞いて想像するもの
少し想像してみてください。木曜の16時。あなたのチームの、今週のふりかえりです。先週のミーティングで「次は私がファシリテーターをやります」と手を挙げたのはいいものの、時間が近づくにつれて、そわそわしてきます。
「アジェンダはこれでいいかな。時間内に終わるかな。誰も話してくれなかったらどうしよう。変な空気になったら、自分が何か話して埋めないと。最後はちゃんと『来週はこれをやります』ってまとめて、いい感じに締めないと」
思い当たるところは、あるでしょうか。準備は真面目にしてある。チームのことも真剣に考えている。それなのに、始まる前からもう疲れている。このそわそわの正体を分解すると、ひとつの思い込みが見えてきます。「この場の成果は、自分の仕切りにかかっている」という思い込みです。
ファシリテーターを引き受けたとき、多くの人が最初に思い浮かべるのは「司会進行」です。結婚式の司会や、イベントのMC。進行表を用意して、時間どおりに読み上げて、話を振って、まとめて、結論を出して締める。あの仕事のイメージです。
そして、このイメージのまま初めてのふりかえりに臨むと、たいてい苦しくなります。沈黙が怖い。脱線が怖い。時間が押すのが怖い。結論が出ないのが怖い。全部「自分のせい」になる気がするからです。ふりかえりが終わるころには、参加者の誰よりも消耗している。私にも、その経験が何度もあります。
でも、この苦しさの原因は、あなたの能力ではありません。役割の取り違えです。司会進行とファシリテーターは、似ているようで別の仕事です。
司会進行の仕事は、決まった式次第を滞りなく流すことです。矢印は自分から参加者への一方向で、話す中心は自分にあります。マイクを握っているのは、いつも自分です。
一方、ふりかえりにおけるファシリテーターの役目は、司会進行ではありません。場を促すことです。矢印は参加者同士の間を双方向に飛び交い、あなたはそれがよく飛び交うように働きかける。マイクを握っているのはチームで、あなたは話の中心にいなくていい。むしろ、あなたの発話量が少ないふりかえりほど、うまくいっていることが多いのです。
「促す」って、具体的に何をするの?
「促す人」と言われても、まだ抽象的ですよね。ふりかえりの中でファシリテーターが促すものを並べると、だいたい次の5つになります。それぞれ、現場でそのまま使える言葉を添えておきます。
①発言を促す
意見を持っていそうなのに口を開いていない人に、機会を渡します。「佐藤さんは、どう思いますか?」「まだ話していない方から聞いてみたいです」。指名は詰問にならないよう、パスできる余地も残します。「思いつかなかったらパスでも大丈夫です」。
②議論を促す
出てきた意見と意見を繋ぎます。「今の話、さっき鈴木さんが書いてくれた付箋と関係ありそうですね」「AとB、両方出ましたが、みんなはどっち寄りですか?」。意見を出しっぱなしの一問一答から、意見同士がぶつかり合う対話へ持ち上げるのが仕事です。
③気づきを促す
話の中に埋まっている学びを、掘り出して見えるようにします。「それって、先月の障害のときと同じパターンじゃないですか?」「今の話から、チームとして何が言えそうですか?」。
④発散と収束を促す
広げる時間には広げ、絞る時間には絞ります。「まだ判断しないで、量を出しましょう」と発散を見守り、「そろそろ、この中からひとつ選びましょうか」と収束へ舵を切る。今がどちらの時間なのかを見張れるのは、ファシリテーターだけです。
⑤アクションの具体化を促す
「がんばる」「意識する」で終わりそうなアクションに、5W1Hの問いを当てます。「それは、誰が、いつやりますか?」「来週のふりかえりで、やれたかどうかをどう確認しましょう?」。
見てのとおり、5つとも問いの形をしています。ファシリテーターの道具箱に入っているのは、答えではなく問いです。ひとつずつの問いの精度を上げる方法は、レッスン3(聴く技術)とレッスン4(意見が出ないときの介入)でたっぷり扱いますので、今週は「促す仕事は5つある。全部問いでできている」とだけ覚えて帰ってください。
なぜ「促す」がわざわざ仕事になるのか
ここで一度、そもそも論に立ち返っておきます。なぜふりかえりには、促す係が要るのでしょうか。黙っていても話せる大人が集まっているのに。
理由は、チームの情報が偏って配られているからです。障害対応の裏で何が起きていたかは対応した人しか知らないし、お客様の何気ない一言は、その場にいた人の頭の中にしかありません。「なんとなくやりづらい」という感覚に至っては、本人すら言葉にできていないことがあります。ふりかえりは、このバラバラに配られた情報と感覚をいったん全部テーブルに出して、全員で眺め直すための時間です。
ところが、場を放っておくと、情報は自然には出てきません。声の大きい人の話題に全体が引っ張られ、口の重い人の重要な一枚は胸の中にしまわれたまま、時間が来て解散になります。出てきた情報が全体の3割なら、そこから出てくる気づきもアクションも、3割の材料で作ったものにしかなりません。
ちなみに、ファシリテート(facilitate)という英語は、「容易にする」という意味の言葉から来ています。ラテン語の facilis、「たやすい」が語源です。チームが話すことを、考えることを、気づくことを、たやすくする。何かを付け加える仕事ではなく、じゃまなものを取り除いて、流れをなめらかにする仕事だと捉えると、この役割の輪郭がつかみやすくなります。
だから、促す係が要るのです。まだ出ていない情報を出るように仕向け、出てきた情報同士が混ざるように橋を架け、混ざった中から学びが立ち上がる瞬間を捕まえる。ファシリテーターが機能しているふりかえりでは、テーブルに載る材料が3割から7割、8割へと増えていきます。同じチーム、同じ1週間からでも、出てくる結論の質が変わるのは、このためです。
身近な例をひとつ。実例記事「はじめてのふりかえり、のぞいてみよう」は読みましたでしょうか。まだ読んでいない方は、一読してから戻ってきてください(別のタブで開きます)。
資料の作り直しを「私のせいです」と抱え込みかけた佐藤さんに、リーダーの田中さんが「人じゃなくて、仕組みの話をしようか」と返す場面があります。あれも、立派な促しです。田中さんは答え(こうすれば直る)を出したのではなく、視点の置き場所を変える一言で、チームが安心して原因を探れるようにした。促すとは、ああいう仕事です。
正解を握った瞬間、ふりかえりは小さくなる
役割の取り違えには、もうひとつ根深いものがあります。司会進行よりも、こちらの方がずっと厄介です。それは、心の中に「出てほしい答え」を持って進行することです。
たとえば、あなたはチームの課題をよく知っています。ずっと前から「テストの自動化を進めるべきだ」と確信している。だからふりかえりの問いを、それとなくテストの話に寄せていきます。付箋の中からテスト関連のものを選んで掘り下げ、他の付箋は軽く流す。議論が別の方向へ行きかけたら「時間もないので」と戻す。最後には狙いどおり「テスト自動化を進める」というアクションが決まりました。時間ぴったり。一見、大成功です。
でも、ここで起こったことを図にすると、こうなります。
チームメンバーは、誘導に必ず気づきます。人は、自分の付箋が拾われなかったことを覚えているものです。「これ、答えもう決まってるんでしょ?」と一度察した人は、次から自分の意見を出すのをやめて、あなたの正解を当てにいくようになります。「◯◯さんはテストの話をしてほしいんだろうな」と空気を読んで、そういう付箋を書く。ふりかえりが、チームの本音を出す場から、あなたの答え合わせの場に変わってしまうのです。
こうなると、損失は二重です。まず、全員で30分なり60分なりを使ったのに、出てきた結論はあなたがひとりで最初から持っていたもの以上にはなりません。会議室に集まる意味が、そもそもなかったことになります。そしてもっと痛いのは、次回以降です。誘導される場に本音を出す意味はないので、意見そのものが痩せていきます。「うちのチーム、ふりかえりで意見が出ないんです」という相談は本当に多いのですが、掘っていくと、この誘導の積み重ねが原因だった、というケースが少なくありません。
ふりかえりや、ふりかえりで作るアクションに、正解はありません。もし「チームに出してほしいアクション」を心の中に持っているなら、それを捨てることから始めましょう。チームを信頼し、チームに委ねてみる。新しい意見、面白い意見を歓迎して、全員で話し合ってみる。すると、あなたひとりでは想像もつかなかった結果が生まれるようになります。図の分かれ道は、つまり「あなたの想定が上限になるか、チーム全員の発想が上限になるか」の分かれ道です。
ここで、よくある誤解をひとつ解いておきます。「正解を捨てる」は「意見を言わない」ではありません。ファシリテーターも、チームの一員であり、参加者のひとりです。テスト自動化が大事だと思うなら、進行の力でこっそり誘導するのではなく、一枚の付箋として、他のメンバーと同じ土俵に堂々と意見を出せばいいのです。
コツは、帽子を掛け替えることです。進行の帽子と、参加者の帽子。「ここからは一参加者としての意見ですが、私はテストの自動化をやりたいと思っています。理由は◯◯です」と前置きして話す。言っている内容は同じでも、誘導とはまったく別の行為になります。誘導は意見を進行に隠して押し込むこと、開示は意見を意見として場に置くこと。チームはその違いを、ちゃんと見分けてくれます。そして面白いことに、ファシリテーターが帽子を替えて意見を出す姿を見せると、メンバーも「進行を気にせず意見を言っていいんだ」と学びます。あなたの振る舞いは、いつもチームの教材です。
気負わない。不安は開示していい
役割がわかっても、初めてのファシリテーションには不安がつきものです。「誘導しちゃっていないかな」「うまく進められるかな」「変な沈黙になったらどうしよう」。
その不安、実は隠さない方がうまくいきます。もしあなたがファシリテーターをすることになったら、まずは気負わないでください。事前準備から進行、問いかけまで、すべて自分ひとりで何とかしなければ、と思っていると、ファシリテーターはとてもつらく苦しいものになります。まず、その不安をチームに開示しましょう。
「今日、ファシリテーター初めてなので、うまくいかないかもしれません。詰まったら助けてください」
たった一言ですが、効果は絶大です。第一に、あなた自身が楽になります。完璧な進行を演じる必要がなくなるからです。第二に、場の性質が変わります。この一言で、ふりかえりはあなたの独演会から、全員の共同作業に変わります。実際、こう宣言したふりかえりでは、時間を見てくれる人、付箋を整理してくれる人、「それってこういうこと?」と問いを足してくれる人が、自然に現れます。
失敗しても、取り繕う必要はありません。うまくいかなかった進行は、それ自体がチームの学びの材料です。ふりかえりの最後に「今日の進行、どうでした?」と聞いてしまえばいい。この「ふりかえりのふりかえり」はレッスン9で詳しく扱いますが、あなたが失敗を隠さず学びに変える姿を見せること自体が、「ここは失敗を出していい場だ」とチームに伝える、何よりのメッセージになります。心理的安全性は、宣言ではなく、こういう振る舞いの積み重ねで作られていきます。
そしてもうひとつ、先の楽しみとして覚えておいてほしいことがあります。ファシリテーターは、ずっとあなたひとりの仕事ではありません。意見をホワイトボードに可視化する人。問いを投げる人。気になるところを掘り下げる人。場をじっと観察する人。役割は分解でき、それぞれをメンバーが得意な形で担えます。みんながファシリテーターとしてふるまうチームが、このコースの最終目的地です(レッスン10で扱います)。今週のあなたの一歩は、その長い道の入口にあたります。
ここまでのまとめ
実践に入る前に、ここまでの4ステップで学んだことを、ひとつずつ思い出しておきましょう。
ステップ1:「進行役」と聞いて想像するもの
司会進行とファシリテーターは、別の仕事でした。あなたの役割は進行表どおりに時間を進めることではなく、場を促すこと。促しには、発言・議論・気づき・発散と収束・アクションの具体化の5つがあります。
ステップ2:なぜ「促す」がわざわざ仕事になるのか
チームの情報は、放っておくと偏って配られます。促しとは、じゃまなものを取り除いて流れをなめらかにする仕事。同じチームの同じ1週間からでも、出てくる結論の質が変わります。
ステップ3:正解を握った瞬間、ふりかえりは小さくなる
心の中に「出てほしい答え」を持って進行すると、チームはあなたの正解を当てにいきます。あなたの想定が上限になるか、全員の発想が上限になるか。言いたくなったら、一枚の付箋として出しましょう。
ステップ4:気負わない。不安は開示していい
ふりかえりは全員の共同作業で、うまく回らないのはあなただけの責任ではありません。不安は隠さず開示していい。最終的に目指すのは、みんながファシリテーターである状態です。
よくある疑問
Q. 司会進行は悪いことなんですか?
いいえ。式次第どおりに流すべき場(式典、報告会、人数の多い説明会)では、司会進行こそが正解です。問題なのは、対話と発見のための場であるふりかえりに、司会進行のやり方を持ち込むことです。場の目的に合わせて、帽子を選びましょう。
Q. リーダーの私が進行すると、みんなが私の顔色を見てしまいます
よくある悩みです。役職の力と進行の力が重なると、誘導するつもりがなくても誘導になりがちです。対策は今週の「帽子の宣言」に加えて、ファシリテーターの持ち回り(レッスン10)が根本解になります。当面は、あなたが最後に発言する順番を意識するだけでも、だいぶ変わります。
Q. うちにはスクラムマスターがいます。ファシリテーターと何が違うんですか?
重なる部分の多い役割です。スクラムマスターはチームのプロセス全体に責任を持つ役割で、ふりかえり(スプリントレトロスペクティブ)のファシリテーションは、その仕事の一部にあたります。ただし「スクラムマスターが毎回進行しなければならない」という決まりはありません。むしろこのコースの考え方どおり、進行はチームで持ち回り、スクラムマスターは全員のファシリテーション力が育つのを支援する。その形の方が、チームは強くなります。スクラムマスターの方は、このコースを「自分が進行する技術」と「メンバーに手渡す技術」の両方として読んでみてください。
Q. 沈黙が怖くて、つい自分が喋ってしまいます
沈黙は、考えている時間かもしれません。埋めるべき沈黙と、待つべき沈黙の見分け方はレッスン3とレッスン4で扱います。今週のところは「沈黙が起きたら、心の中で10数えてから口を開く」とだけ決めておいてください。それだけで、あなたが奪っていた発言がいくつか、チームに返っていきます。
今週の実践
今週は、進行のやり方を何も変えなくて構いません。観察だけしてください。やることは3つです。
まず、ふりかえりの冒頭で不安をひとつ開示する。次に、ふりかえりの最中、「答えを言いたくなった瞬間」を手元に正の字でこっそり数える。そして言いたくなったら、答えの代わりに問いへ変換してみる。「私は◯◯すべきだと思う」と言いそうになったら、一度飲み込んで、「みなさんはどう思いますか?」と場に返す。それだけです。
終わったら、正の字を眺めてみてください。いくつになっても、落ち込む必要はありません。数が多いほど、あなたがチームの課題を真剣に考えている証拠です。その熱量の出口を、答えから問いへ付け替える。それが今週の、たったひとつの練習です。
最後に、今週の持ち帰りを3行で。ファシリテーターは司会進行ではなく、促す人。促しの道具は答えではなく、問い。そして、心の中の正解を捨てて委ねたぶんだけ、ふりかえりは大きくなる。この3行を胸ポケットに入れて、次のふりかえりに立ってみてください。
なお、場の空気そのものを整える手法として、下で紹介するDPAと一言チェックインを冒頭に入れておくと、この練習がぐっとやりやすくなります。場作りの本格的な話は、来週たっぷりと。
今週の実践課題
- 次のふりかえりの冒頭で、「今日はうまく進められないかもしれないけれど、助けてください」と一言、不安を開示してみる
- ふりかえりの最中、「自分が答えを言いたくなった瞬間」を、手元に正の字でこっそり数える
- 言いたくなったら、答えの代わりに問いに変換して場に出す(「私は◯◯だと思う」→「みなさんはどう思いますか?」)
- 終わったら正の字を眺めて、いくつ問いに変換できたかをひとりでふりかえる
ひとりで進める場合:直近のふりかえりや会議で、自分の発言を思い出して書き出し、「意見」と「問い」に仕分けしてみましょう。意見ばかりなら、次の場で1つだけ問いに置き換えてみてください。
読み終える前に、少しだけ書いてみましょう
自分の過去のふりかえりと照らし合わせて考えると、読んだ内容が身につきます。書いた内容はこの端末に保存され、あとからまとめて読み返せます。すべての問いに一言でも書けば次へ進めます。
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ここから下は、実践したあとに書きます
上の問いに答えたら、いったんここを離れて、実際にやってみてください。やってみたあとに、このページへ戻ってきて続きを書きましょう。
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